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【主張】平成の政治 脱ポピュリズム政治を 理念と政策で再結集が必要だ(産経N)


 平成時代の政界が30年かけてできなかったのが、政権交代可能な二大政党制だった。それを妨げたのは国際社会を席巻している理念なきポピュリズム政治である。
 平成初期には、非自民8党派による細川護煕政権が誕生し、自社二大政党による55年体制が崩壊した。21年には鳩山由紀夫元代表が率いる民主党が政権をとり、疑似二大政党制となった。これも長くは続かず18人の首相が入れ替わった。行き着いた先は安倍晋三政権による1強多弱の世界だった。
 大衆受けを狙ったポピュリズム政治という安易な手法はひと足早く、平成時代のわが国を静かに蝕(むしば)んでいたのである。

 ≪シングルイシューの愚≫
 その最たるものが、平成13年に政権についた小泉純一郎政権である。「自民党をぶっ壊す」と言って党総裁選を勝ち抜いた。小泉劇場の始まりだ。郵政民営化の是非を問うというシングルイシューによる選挙は、国民が第2幕、第3幕を見たくなるよう政治への関心を高めた効果はあろう。テレビのワイドショーは連日、小泉純一郎首相を追いかけた。小泉氏は本来なら味方であるはずの党内に抵抗勢力という悪役をつくり、彼らを退治する水戸黄門を演じた。

 参院で否決されたのに、衆院を解散する。政治のプロを自任する永田町界隈の多くが驚いた。郵政民営化法案に反対する議員の選挙区に、賛成派の刺客を放った。
 地盤、看板、鞄という三種の神器を持たない多くの議員が続々と当選した。小泉チルドレンという造語が生まれた。候補者本人の公約や人柄というより風に乗って当選し、政界から消えた議員も少なくない。シングルイシューで有権者受けを狙ったポピュリズム政治のなれの果てである。
 ただ、国民世論の高い支持を背景とした小泉氏は、族議員と呼ばれる特定分野の専門家集団が支配してきた既得権益に、大胆に斬り込んだ点は評価できよう。
 調整や妥協という旧来の自民党が得意とする政治手法は、国民の目に見えにくく、時間と金がかかるとの批判がつきまとった。小泉氏はこの手順を飛ばし、意見の異なる者に対し、徹底的に不寛容な姿勢を貫いた。与野党が調整を図る場で、衆参両院の非公式組織である国会対策委員会という政治のインフラを機能不全にした。

 この結果、双方が国会の委員会というオープンな場で、むき出しの力を争うようになった。政治の見える化である。これもまた、平成中期以降の特徴であろう。
 小泉氏の後を継いだ安倍晋三首相は、郵政造反組の復党や消えた年金問題などが理由で、平成19年の参院選で大敗した。第1党の座を小沢一郎元代表が党首を務める民主党に譲った。自民党結党以来初めての歴史的敗北だった。

 ≪「ねじれ」が停滞招いた≫
 衆参両院で第1党が異なる「ねじれ」による決められない政治の始まりだ。民主党の審議拒否で海上自衛隊のインド洋給油活動を認めたテロ特別措置法が期限切れとなり、国際貢献に穴が開いたこともあった。混乱の極みである。
 衆参のねじれは、だれもが経験したことのない破壊力を見せつけた。安倍、福田康夫、麻生太郎の各政権は短命で終わった。平成21年に政権を奪取する民主党も翌年の参院選で大敗し「ねじれ」に泣かされる。むろん、決められない政治で一番泣かされたのは、国民であることは言うまでもない。

 この間、良くも悪くも政界の中心にいたのが小沢氏だった。民主党政権下では世界一を狙うスーパーコンピューターをめぐり、所属議員が「2位では駄目なのか」と発言した。民主党による事業仕分けも、パフォーマンス優先の典型的なポピュリズム政治に堕していたといえよう。
 3年余りの民主党政権を経て与党に復帰した安倍政権は国政選挙で連勝した。集団的自衛権の限定的な行使容認を含む安全保障関連法を制定するなど、個別の法案レベルで、決められない政治から脱却したところまでは良かろう。
 残念なのは、平成最終盤で見せた何でもありの姿勢だ。
 選挙に勝てば良いとばかり、さきの大阪府知事・市長選のように立憲民主党や共産党など、国政の場で激しく対立する政党との共闘をためらわなかった。
 与野党とも、政党政治の原点に立ち返り、理念と政策を軸にした勢力の再結集を求めたい。
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御代替わりにあたり 平成からの宿題にどう答えるか 大阪大学名誉教授・猪木武徳(産経:正論)


 天皇の在位の期間を一つの時代として捉え、国の来し方行く末を考える機会とするのは、明治の「一世一元」以降の習わしであろうか。一般の暦にも1年ごとに元旦があり、「心の棚卸」の機会はある。しかし毎年一度というのはあまりに時平が短く、長期的に物事の流れを見通す機会とはならない。そのように考えると、新しい令和の時代の始まりにあたって、平成の時代が与えた「宿題」に対応するという重要な仕事があることに改めて気づく。

 ≪明確なルール作りが不可欠だ≫
 平成の時代には日本に戦争はなかった。しかしいくつもの大災害に見舞われた。地震、津波、豪雨、原子力発電所事故などによって受けた物的・精神的打撃から未(いま)だ回復できず、厳しい生活を強いられている人々が多く残されている。政府主導の復興対策については、その予算と支出内容だけでなく、「費用負担」をいかなる原則で国民の間で配分するかについて「復興特別所得税」を含め、今後十分検討されなければならない。
 災害に対して、国あるいは地方自治体が、いかなる対策をどのような順序で講じるかに関しては一応「災害対策基本法」がある。地方財政への負担を軽減する制度としての「激甚災害制度」を支える激甚災害の指定方法や、国庫補助のはっきりした形を示すことはできるのか。多くの犠牲者を出した悲惨な経験を生かし、恣意(しい)性のない明確なルール作りと啓蒙(けいもう)活動が不可欠であろう。
 また、災害対策以外でも国が担当すべき事柄(アジェンダ)が何か、「国の責任」なのか「本人の責任」なのかをめぐっては、平成の時代には原則のはっきりしない場当たり的な政策対応が目立った。「子育て支援」などもその一つであろう。政府の役割と費用分担の問題を総括的に再検討する段階に来ているのではなかろうか。

 ≪ナショナリズムの質が問われる≫
 日本人のナショナリズムの「質」が問われるという宿題も軽視できない。平成末の「出入国管理法」の改正によって、外国人労働者は今後確実かつ大幅に増加する。そうした新しい社会状況に、われわれはどれほど成熟した対応を示すことができるのか。戦前の日本は、第一次大戦ごろから中国で沸き起こったナショナリズムを的確に理解することがなかった。現代のわれわれは、このナショナリズムという「情念」を健全な形で養うことができるのだろうか。
 単に社会生活における隣人としてだけではなく、働く人間としての外国人をどのように受け入れ、適正に遇することができるのか。この点で、日本人のナショナリズムの質が問われることになる。
 21世紀に入って世界貿易機関(WTO)に加入し、リーマン・ショック時にも世界の経済大国として巨額の財政支出を行い、その圧倒的な存在感を示した中国と、日本が今後どう付き合うのかという問題も含まれる。

 ≪技術革新と倫理の調和は難題≫
 もう一つ、平成時代から引き継いだ課題として、突出した技術の急速な革新の中で、われわれはいかにその技術を使いこなし、いかなる倫理的・法的な環境を整えるのかという宿題がある。
 例えば平成最後の年に、自動運転車が公道を走行するのを可能にするための道路交通法と道路運送車両法の改正があった。今回の法改正での「自動化」はまだ完全な「無人化」のレベルではない。しかし現実には技術革新は留(とど)まることなく進み、「飛ぶクルマ」も夢ではない段階にきているという。
 しかしそれを使用する段階となると、問題は山積している。万が一事故が起こった場合、誰を「運転者」とみなすのか。車内の人間か、自動車会社か、自動運転用ソフトウェア開発会社なのかという刑事責任の所在が問われるのだ。
 しかし問題は、さらに根深いところにある。大事故につながりかねない危機が発生した場合、車内の人間、車外のどの人間(老人なのか幼児なのか)の生命・安全を優先させるのかを選択するプログラムを搭載しなければならない。この問いは倫理学の難問(トロッコ問題)であり、正解があるわけではない。個人にとっての価値選択の問題となるからだ。
 いずれにせよ、判断力を機械に委ねるときに発生する価値の問題と法的判断から、われわれは逃れることはできない。したがって技術革新の夢に浸るだけではなく、技術の使用に関する諸々の法律を、技術のハード面の革新とバランスさせながら整備することが不可欠なのである。令和の時代は、平成時代がもたらした突出した技術革新をいかに社会的に調和させるかという難問に答えなければならない時代とも言えよう。
 こうした宿題に優れた回答を書き上げることによって「冷戦の終結」以降、世界における存在感を希薄にしてきた日本が、初めて成熟した文化国家としての確固たる地位を築くことができるのではなかろうか。(いのき たけのり)

天皇陛下退位 国民と歩み象徴像を体現した (読売:社説)


◆健やかに過ごされることを願う◆
 30年余にわたって真摯しんしに公務を果たし、象徴像を体現してこられたことに深く感謝したい。
 天皇陛下がきょう退位される。退位による代替わりは、江戸後期の光格天皇以来、約200年ぶりだ。憲政史上初めてのことである。
 陛下は1989年の即位後、「皆さんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たす」と述べ、憲法が定める象徴の在り方を日々模索してこられた。

 ◆一人ひとりと目合わせ
 2016年にビデオメッセージで退位を示唆した際、陛下は天皇の務めとして「国民の安寧と幸せを祈る」「時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添う」ことを挙げられた。
 陛下はその言葉通り、能動的に務めを果たされた。象徴について積極的に発言されなかった昭和天皇とは異なり、独自のスタイルを築かれた。この在り方は、国民に広く敬愛されたと言えよう。
 地方訪問を重ねることで、象徴像の具体化に努められた。国民体育大会などに出席するため、全都道府県を2巡された。
 平成は災害が相次いだ時代だった。陛下は地震や噴火などの被災現場を訪れ、膝をついて被災者と言葉を交わされた。障害者やハンセン病元患者との面会も熱心に繰り返された。
 一人ひとりと目を合わせ、双方向の触れ合いを大切にされる。旅に出ない時でも、東日本大震災後のビデオメッセージのように、国民に直接語りかけられる。
 その姿勢が皇室を身近な存在にしたことは間違いあるまい。国民を力づけ、社会が安定する結果をもたらしたと考えられる。
 陛下は、平和を希求する気持ちが強く、先の大戦の戦没者を慰霊することに力を注がれた。足を運ばれたのは、広島や長崎などの国内に加え、多くの日本軍将兵が倒れたサイパンやパラオなどの南洋の島々に及んだ。
 とりわけ思いを寄せられたのが、大きな犠牲を生んだ沖縄だ。両陛下の訪問は、皇太子時代を含めて通算11回に及び、沖縄の苦難に何度も言及された。
 戦争の犠牲の上に、戦後の平和と繁栄がある。11歳で終戦を迎えられた陛下は、常にその思いを持たれていたのだろう。
 国際親善の場では、数多くの外国訪問や各国賓客との面会を通じ、友好関係の前進に尽くされた。その中には、かつての敵国や植民地だった国も含まれていた。
 陛下が築かれた友好関係は、次代に発展させていくべき資産として、受け継がねばならない。

 ◆皇后さまの支え大きく
 陛下が務めを果たされる上で、大きな支えとなったのが、皇后さまの存在である。民間出身の皇后さまは、どのような立場の人にも優しさを示された。陛下の公務の多くに同行なさった。
 両陛下が仲むつまじく二人三脚で歩まれる姿は、ともすれば近寄りがたかった皇室のイメージを刷新したのではないか。
 天皇家の在り方についても、両陛下は新風をもたらした。皇太子夫妻時代にはお子さま方を手元で育てられた。陛下は前立腺がん、心臓の手術を受けたが、基本的な情報は国民に公開された。
 埋葬法を土葬から火葬へ変更することや、陵(お墓)の規模の縮小を発表されてもいる。伝統を守りつつ、天皇家も柔軟に変化することを示した点で、歴史的な役割を果たされた。
 今回の退位は、陛下が体力的な衰えを理由に、象徴の務めを果たせなくなるとの気持ちを示されたことがきっかけだった。多くの国民は驚きつつも共感を覚えた。
 政府や国会は、特例として退位を認める退位特例法を成立させた。天皇の政治的権能を禁じた憲法に抵触しないよう、政治的対立の回避に腐心しながら、慎重かつ丁寧に対応した結果と言える。

 ◆安定的な継承が課題
 陛下は「象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていく」ことを祈念された。いかに皇位を継承していくかは、今後も考えていくべき課題である。
 陛下は退位後、上皇としてゆっくりとした生活に入られる。生物学者でもある陛下は十分な研究時間を持たれ、上皇后となる皇后さまはこれまで以上に文学に親しまれることだろう。

 務め終へ歩み速めて帰るみち
 月の光は白く照らせり

 2007年に詠まれた陛下のお歌だ。これからは、務めに追われることもなくなろう。両陛下がいつまでも健やかに過ごされることをお祈りしたい。

天皇陛下 きょう退位の儀式に(NHK)


天皇陛下は、30日午後5時から、202年ぶりとなる天皇の退位の儀式、「退位礼正殿の儀(たいいれい せいでんのぎ)」に臨まれます。そして日付が変わると同時に皇位を退き、皇后さまとともに歩まれた30年余りの象徴としての日々を終えられます。

天皇陛下は、皇室典範の特例法に基づいて、30日をもって退位されます。
これを前に、天皇陛下は、午前10時から、平安時代から儀式での天皇の装束とされる「黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)」に身を包み、皇居の「宮中三殿」で、「退位の礼」を行うことを皇室の祖先や神々に伝える儀式に臨まれます。
天皇陛下の退位に向けて皇室の行事として行われてきた一連の儀式はこれで最後になります。
そして、午後5時から、「退位礼正殿の儀」が皇居・宮殿の「松の間」で国事行為として行われます。
天皇の退位の儀式が行われるのは江戸時代後期の光格天皇の時以来、202年ぶりで、天皇陛下は、モーニングを着て、皇后さまとともに儀式に臨まれます。皇太子ご夫妻などの皇族方も出席されるほか、三権の長や閣僚、地方自治体の代表など、およそ300人が参列する予定です。
儀式では、安倍総理大臣が天皇陛下の前に進み出て、おととし6月に成立した特例法により天皇陛下が退位されることや、天皇陛下への感謝の気持ちなどを国民を代表して述べます。
このあと、天皇陛下が、国民への最後のおことばを述べられることになっています。
儀式は午後5時の開始から10分余りで終わる見通しです。天皇皇后両陛下は、儀式のあとも午後7時半ごろまで、皇族方や宮内庁の職員などからあいさつを受けられる予定です。
天皇陛下は、日付が変わると同時に皇位を退き、皇后さまとともに歩まれた30年と3か月余りの象徴としての日々を終えられます。
そして皇太子さまが新たな天皇として即位されて、時代は平成から令和へとかわります。

202年前の退位の儀式と比べると
天皇陛下の退位の儀式の検討にあたり、宮内庁は、最後の例である今から202年前の光格天皇の儀式について、調べました。
それによりますと、当時の儀式は、光格天皇の譲位後の住まいで粛々と簡素に行われ、関白や左大臣が参列する中、天皇の使いが、皇位を譲る天皇の意思をあらわした「譲位の宣命」を読み上げました。
宮内庁は、天皇陛下の退位の儀式について、光格天皇の儀式など皇室の伝統も尊重しながら、憲法が定めた象徴天皇制の趣旨に沿うものとするよう内閣官房などと協議を重ねてきました。
その結果、今回の儀式も皇居・宮殿で粛々と簡素に行われ、三権の長など国民の代表が参列することになりました。
一方、憲法との整合性を考慮して今回は「譲位の宣命」は行われず、総理大臣が特例法に従って天皇陛下が退位することを述べたあと、天皇陛下が国民へのおことばを述べられることになりました。
宮内庁は、「皇室が伝統としてきたものの基本を守りながら、現代の象徴天皇にふさわしい儀式になった」としています。

韓国紙が「退位」特集 日韓関係の改善呼びかけも(NHK)


天皇陛下が30日に退位されるのを前に、韓国の主要紙は29日朝の紙面で特集記事を掲載し、天皇陛下のおことばを紹介したり、日韓関係の改善を呼びかけたりしています。

天皇陛下が30日に退位されるのを前に、韓国の保守系の主要紙は29日朝の紙面で、1面から特集記事を掲載して大きく伝えています。
このうち中央日報は、天皇陛下が平成13年に「韓国とのゆかりを感じています」と述べられたことや、平成17年に太平洋戦争の激戦地サイパンを訪問した際に「韓国平和記念塔」に立ち寄り、黙とうをささげられたことなどを伝えています。
そして、日本は令和という新しい時代を迎えるとしたうえで、これを機に悪化している日韓関係を改善すべきだとして、日韓首脳会談の早期開催や自衛隊機へのレーダー照射問題で悪影響が出ている防衛当局間の協力を深めるべきだとしています。
一方、朝鮮日報は、日本国内のコンビニやデパートで令和にちなんだ商品が発売されて歓迎する雰囲気が高まっていると報じているほか、皇太子さまの「即位の礼」の一連の儀式についても詳細に伝えています。

中国外務省「中日関係発展に積極的な貢献」
天皇陛下が30日で退位されることについて中国外務省の耿爽報道官は、29日の記者会見で「天皇は1992年に中国を訪問したほか、中国の共産党や政府の指導者と何度も会見していて中日関係の発展のために積極的な貢献を行った」と述べて評価しました。
そのうえで「現在の中日関係は正しい軌道に戻り、発展する勢いが出ている。日本と中国が相互の働きかけを強化し、敏感な問題は適切に処理して中日関係を引き続き、健全に安定して発展させるよう望む」と述べて今後の日中関係にも期待を示しました。

地対艦ミサイル射程、2倍へ改良 尖閣・宮古、対中抑止(産経N)


 防衛省は、南西地域に配備する陸上自衛隊の地対艦誘導ミサイル(SSM)を改良し、射程を現在の約2倍に延伸する検討に入った。艦艇の能力増強を図る中国軍への対処能力と抑止力を高める狙いがある。改良した同型のミサイルを海上自衛隊の哨戒機にも搭載し、空対艦ミサイルとしても活用する。複数の政府関係者が28日、明らかにした。
 射程を延伸するのは最新鋭の12式SSM。現在は射程200キロ程度だが、最大400キロ程度にまで伸ばす。令和5(2023)年度に部隊配備する。
 陸自は、戦力の「空白地帯」とされる南西地域の防衛態勢強化を急いでいる。今年3月には鹿児島県・奄美大島と沖縄県・宮古島に駐屯地や分屯地を新設。奄美大島では南西地域で初めて12式SSMが配備され、来年には宮古島にも導入される。駐屯地の新設が計画されている沖縄県の石垣島でも配備される見通しだ。
 陸自は、離島侵攻に対し(1)洋上(2)海岸地域(3)内陸部-の3段階で対処する構え。12式SSMは洋上で敵艦艇を撃破する役割を担う。ただ、中国海軍の艦艇は近代化が急速に進み、搭載する巡航ミサイルなどの射程や精度も向上している。12式SSMの射程を延伸することで、敵艦艇の脅威圏外から攻撃することが可能となる。
 東シナ海から太平洋への進出を図る中国海軍への牽制にもつながる。中国艦艇は遠洋作戦能力の強化を狙い、沖縄本島-宮古島間の宮古海峡を通過する動きを常態化させている。改良した12式SSMを宮古島に配備すれば、約290キロにわたる宮古海峡の全域を射程に収めることになる。中国公船が領海侵入を繰り返す尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺海域もカバーできる。

 陸自への配備に先立ち、令和4(2022)年度には同型のミサイルを海自哨戒機に搭載する。南西地域は約1200キロにわたる広大な海空域を有する。警戒監視能力と活動領域に優れる海自哨戒機が長射程の空対艦ミサイルを備えることで、南西地域の防衛態勢はより厚みを増すと防衛省は判断している。

【主張】平成の政治 脱ポピュリズム政治を 理念と政策で再結集が必要だ(産経N)


平成時代の政界が30年かけてできなかったのが、政権交代可能な二大政党制だった。それを妨げたのは国際社会を席巻している理念なきポピュリズム政治である。
 平成初期には、非自民8党派による細川護煕政権が誕生し、自社二大政党による55年体制が崩壊した。21年には鳩山由紀夫元代表が率いる民主党が政権をとり、疑似二大政党制となった。これも長くは続かず18人の首相が入れ替わった。行き着いた先は安倍晋三政権による1強多弱の世界だった。
 大衆受けを狙ったポピュリズム政治という安易な手法はひと足早く、平成時代のわが国を静かに蝕(むしば)んでいたのである。

 ≪シングルイシューの愚≫
 その最たるものが、平成13年に政権についた小泉純一郎政権である。「自民党をぶっ壊す」と言って党総裁選を勝ち抜いた。小泉劇場の始まりだ。郵政民営化の是非を問うというシングルイシューによる選挙は、国民が第2幕、第3幕を見たくなるよう政治への関心を高めた効果はあろう。テレビのワイドショーは連日、小泉純一郎首相を追いかけた。小泉氏は本来なら味方であるはずの党内に抵抗勢力という悪役をつくり、彼らを退治する水戸黄門を演じた。
 参院で否決されたのに、衆院を解散する。政治のプロを自任する永田町界隈の多くが驚いた。郵政民営化法案に反対する議員の選挙区に、賛成派の刺客を放った。
 地盤、看板、鞄という三種の神器を持たない多くの議員が続々と当選した。小泉チルドレンという造語が生まれた。候補者本人の公約や人柄というより風に乗って当選し、政界から消えた議員も少なくない。シングルイシューで有権者受けを狙ったポピュリズム政治のなれの果てである。
 ただ、国民世論の高い支持を背景とした小泉氏は、族議員と呼ばれる特定分野の専門家集団が支配してきた既得権益に、大胆に斬り込んだ点は評価できよう。
 調整や妥協という旧来の自民党が得意とする政治手法は、国民の目に見えにくく、時間と金がかかるとの批判がつきまとった。小泉氏はこの手順を飛ばし、意見の異なる者に対し、徹底的に不寛容な姿勢を貫いた。与野党が調整を図る場で、衆参両院の非公式組織である国会対策委員会という政治のインフラを機能不全にした。
 この結果、双方が国会の委員会というオープンな場で、むき出しの力を争うようになった。政治の見える化である。これもまた、平成中期以降の特徴であろう。
 小泉氏の後を継いだ安倍晋三首相は、郵政造反組の復党や消えた年金問題などが理由で、平成19年の参院選で大敗した。第1党の座を小沢一郎元代表が党首を務める民主党に譲った。自民党結党以来初めての歴史的敗北だった。

 ≪「ねじれ」が停滞招いた≫
 衆参両院で第1党が異なる「ねじれ」による決められない政治の始まりだ。民主党の審議拒否で海上自衛隊のインド洋給油活動を認めたテロ特別措置法が期限切れとなり、国際貢献に穴が開いたこともあった。混乱の極みである。
 衆参のねじれは、だれもが経験したことのない破壊力を見せつけた。安倍、福田康夫、麻生太郎の各政権は短命で終わった。平成21年に政権を奪取する民主党も翌年の参院選で大敗し「ねじれ」に泣かされる。むろん、決められない政治で一番泣かされたのは、国民であることは言うまでもない。
 この間、良くも悪くも政界の中心にいたのが小沢氏だった。民主党政権下では世界一を狙うスーパーコンピューターをめぐり、所属議員が「2位では駄目なのか」と発言した。民主党による事業仕分けも、パフォーマンス優先の典型的なポピュリズム政治に堕していたといえよう。
 3年余りの民主党政権を経て与党に復帰した安倍政権は国政選挙で連勝した。集団的自衛権の限定的な行使容認を含む安全保障関連法を制定するなど、個別の法案レベルで、決められない政治から脱却したところまでは良かろう。
 残念なのは、平成最終盤で見せた何でもありの姿勢だ。
 選挙に勝てば良いとばかり、さきの大阪府知事・市長選のように立憲民主党や共産党など、国政の場で激しく対立する政党との共闘をためらわなかった。
 与野党とも、政党政治の原点に立ち返り、理念と政策を軸にした勢力の再結集を求めたい。

IS、シナイ半島南部に 活動拡大か 陸自が隊員派遣中(東京新聞)


【カイロ=奥田哲平】エジプト北東部シナイ半島でテロを繰り返す過激派組織「イスラム国」(IS)の傘下組織が系列メディアを通じ、半島南部に活動範囲を拡大する方針を表明した。南東部シャルムエルシェイクでは今月から、イスラエルとエジプト両軍の停戦監視活動を行う「多国籍軍・監視団(MFO)」の司令部に陸上自衛隊員二人が派遣されている。
 ISに忠誠を誓う「ISシナイ州」は、二〇一四年ごろから半島北部で治安機関を標的にしたテロを続ける。一方、リゾート地の多い南部は治安維持が徹底され、テロはほとんど起きていない。日本政府はMFO派遣に際し、半島南部は比較的治安が安定していると説明している。
 だが、十二日に南西部オユンムーサの検問所で襲撃があり、治安部隊が実行犯二人を殺害。十八日付の機関誌でISは「聖戦士が南部に入るのに成功した」と主張した。観光業への打撃を与える狙いとみられる。シナイ半島では二〇一五年にロシア旅客機が墜落し二百人以上が亡くなるテロがあった。

平成の政治 中長期の難題に挑む態勢築け (読売:社説)


◆野党混迷で2大政党制遠のく◆
 政治主導の態勢を生かしつつ、中長期的な視野に立って政策課題に取り組む。平成時代の目標をどう実現していくか。
 内閣や政党に限らず、国民も問われている。
 平成の最初の数年間、政界は相次ぐ疑獄事件に揺れた。値上がり確実な未公開株が政権中枢に配られたリクルート事件や、大手建設会社が政治家に便宜を図るよう求めたゼネコン汚職事件である。
 首相や閣僚らが辞任に追い込まれ、政治不信は極まった。

 ◆「金権」の弊害薄まった
 原因とされたのは、自民党の派閥政治であった。衆院の中選挙区制の下では、各派閥の候補が同一選挙区で争った。派閥間の競い合いが長期政権を支える活力を生む一方、利益誘導を助長し、「金権政治」を招いた。
 1994年に成立した政治改革関連法は、中選挙区の代わりに、小選挙区を中心とする制度に改めた。政権交代を可能とし、政党中心の選挙への転換を目指した。
 政治資金規正法も強化された。民主主義に必要なコストとして、総額300億円超の政党交付金が支給されている。
 政治の浄化は、一定程度進み、「金権」の言葉を見かけることは減った。今問われているのは、資金の「入り」より「出」だ。
 政党や政治家が、国民の疑念を招かないよう、政治資金の使途の透明性を高め、適正な運用に努めるのは当然である。
 一連の政治改革が実施されたのは、平時というよりも、バブル崩壊と金融危機に至る1990年代の経済の混迷期だった。
 政治主導が整っておらず、右肩上がりの経済を前提とした護送船団方式や利益配分の仕組みの見直しに手間取った。
 求められたのは、優先順位を付けて政策を遂行し、規制緩和によって成長分野を伸ばすという機動的な政治への転換である。だが、旧態依然とした予算のバラマキから脱せなかった。
 景気刺激を名目に、財政支出を膨らませた。社会保障費を賄うため、平成元年に消費税の導入にこぎつけたが、10%への引き上げにメドが立つまで30年を要した。
 この間、参院で与党が少数となる衆参のねじれが相次いで生じた。野党が参院を舞台に、政府・与党を追い詰めたことで、政治と経済の混乱に拍車をかけた。

 ◆適正な給付と負担に
 財政収支は均衡を欠き、国と地方の借金残高は、1100兆円に上る。将来世代に、ツケを回していることにほかならない。経済の低成長が続き、国内総生産(GDP)は中国に抜かれた。
 今後、少子高齢化がさらに進み、現役世代の負担感は増す。今までのように、低い負担で手厚い給付をするようでは、持続可能な社会保障制度を築けまい。
 医療や介護制度などについて、給付抑制と負担増の改革が不可欠だ。消費税を10%からさらに引き上げる議論も避けられまい。成長戦略も強化する必要がある。
 明確な将来展望に基づき、政治が責任を持って、諸改革を実行に移すことが重要だ。
 衆参両院の選挙の多さの弊害から目をそらしてはなるまい。
 平成の30年間に、1年半に1回の割合で行われてきた。安倍首相も2012年の政権復帰後、衆院解散・総選挙に2回踏み切り、いずれも圧勝した。
 風向き次第で勝敗が大きく変わりうる小選挙区制の怖さが、目先の政策にとらわれがちな傾向を助長していないか。
 長年政権の座にある自民党は、国民の痛みを伴う改革を粘り強く訴えねばならない。
 政治改革の目標でありながら、実現しなかったのは政権交代可能な2大政党制の定着である。

 ◆国会で建設的論戦を
 政権を担いうる野党を目指して、新進党が1994年に発足したが、3年後に崩壊した。
 2009年に、政権の座についた民主党は、非現実的な公約に固執して行き詰まった。東日本大震災での拙劣な対応もあり、国民の支持を失い、3年余りで野党に転落した。旧民主党勢力の解体過程はいまだに続いている。
 自民党と抵抗路線の旧社会党が対峙たいじした55年体制に近付いているようにも見受けられる。
 政治改革が掲げた「政策本位の政党政治」を実現するためには、野党が、党内論議を重ねて、内政と外交に関する現実的な政策を磨くことが欠かせない。
 対案を提示し、政府に建設的な論戦を挑むべきだ。そのことが政治に緊張感をもたらそう。

ロシア大統領府「北朝鮮問題 わがこととして扱う」(NHK)


ロシア大統領府の報道官は、北朝鮮をめぐる問題について「わがこととして扱っている」と述べて、北朝鮮と国境を接するロシアは、アメリカよりも当事者だと指摘したうえで、先週行われた北朝鮮との首脳会談をきっかけに関与を強める姿勢を強調しました。

ロシア大統領府のペスコフ報道官は、28日に放送された国営テレビの番組で、先週、ウラジオストクで行われたプーチン大統領と北朝鮮のキム・ジョンウン(金正恩)朝鮮労働党委員長の会談に関して発言しました。
この中でペスコフ報道官は「ロシアは北朝鮮と国境を接しており、北朝鮮の問題をわがこととして扱っている」と述べ、ロシアは、アメリカよりも朝鮮半島情勢に影響を受ける当事者だと指摘しました。
そのうえで、キム委員長について「極めて経験がありバランスのとれたリーダーだ」と述べ、首脳会談で築いたプーチン大統領とキム委員長との関係をきっかけに関与を強める姿勢を強調しました。

一方、番組では、首脳会談の舞台裏も紹介されました。
この中では、キム委員長を乗せた列車が速度を落としてウラジオストク駅に入ると、北朝鮮の関係者が列車から降りたってキム委員長が使う乗降口の手すりを入念にふき始めたり、会談の会場でも関係者がイスに放射線の測定器をかざしたりして、準備に問題がないよう神経をとがらせている様子が映し出されていました。

【ソウルからヨボセヨ】旭日旗への常識と非常識(産経N)


 今週、中国で行われた国際観艦式に日本の護衛艦が参加したことが韓国では異様に大きく報道された。韓国の軍艦はそっちのけで。日本の護衛艦が艦旗である「旭日旗」を掲げていたからだが、韓国では近年、旭日旗を「戦犯旗」といって妙に反発している。
 文在寅(ムン・ジェイン)政権は自国の観艦式に招いた日本艦に対し旭日旗を認めないなどという“国際的非常識”までやらかしているが、自衛艦旗を旧軍イメージで「戦犯旗」などと非難しているのは世界で韓国だけだ。
 米国やロシアそして今回の中国をはじめ、過去、日本と戦争した国々は今や国際的常識に従い相手を尊重し何も問題視していないのに、交戦国でもなかった韓国だけがしきりにイチャモンをつけているのだ。
 この不思議な心理の背景には、日本による支配を自ら戦って打ち破れなかったという“対日戦勝タダ乗り”からくる歴史上の欲求不満というか「ねじれた対日優位願望」があるように思うが、韓国はもう発展し豊かな国になったのだから、そんな“ねじれ”で日本に対し留飲を下げる必要はなかろうに。
 日本大使館前の慰安婦像放置もそうだが、日本が相手となると国際的非常識がまかり通ってきた。「国の品格」を傷つける国際的非常識を愛国と錯覚しているのが切ない。(黒田勝弘)

【主張】令和と万葉集 新時代を古典学ぶ契機に(産経N)


「平成」から「令和」へ、時代が変わる。
 新元号の発表以降、典拠である現存最古の歌集「万葉集」が注目され、ちょっとした古典ブームだ。書店にはコーナーが新設され、関連書籍の復刊や重版が相次ぐ。一方で、教育現場では若者の古典離れが続いている。ブームを一過性に終わらせず、文部科学省は今こそ知恵を働かせるべきだ。
 古典に親しむことは、自国の言語文化を理解する基礎になる。教養の一つといっていい。
 ところが、平成25年度の学習指導要領実施状況調査(国立教育政策研究所)で、中学生に「古文や漢文などを読むのは、好きですか」と聞いたところ、「好きではない」「どちらかといえば好きではない」との回答が中1で60・8%に上った。中2は66・1%、中3は66・6%と、学年が上がるにつれて割合は増えている。
 大きな理由の一つが、聞き慣れない古語のとっつきにくさにある。例えば今回、令和の引用について、国書か漢籍かということばかりが注目されたが、引用部分は漢文である。書き下し文は「初春(しょしゅん)の令月(れいげつ)にして、気淑(きよ)く風(かぜ)和(やわら)ぎ」で、決して易しくはない。

 万葉学者の上野誠・奈良大教授の解説によると、意味は「おめでたいお正月、加えて天気もよくて風もやわらか」だ。知った上でもう一度音読すれば、理解は楽だろう。日本語は音(おん)と漢字の両方から意味をくみ取るものだからだ。
 上野教授はこうも指摘する。日本人は和歌によって情を学び、理すなわち理屈は漢文によって学んできた。情と理をどう調和させるかは古代から続く日本人の大きな課題である-と。古文は連綿と現在の日本語に繋(つな)がっているが、学んで慣れることは必要なのだ。
 来春から小学校で英語が教科化される。国際化の時代に英語は必要だろうが、日本語という土壌があってこその外国語学習だろう。イギリスではシェークスピアを小学校から学ぶが、やはり難解なので演劇を取り入れているという。文科省の学習指導要領でも生涯にわたって古典に親しむため「易しい古文や漢詩・漢文について音読や暗唱の重視」を掲げてはいる。まだまだ工夫が足りないのではないか。指導者の育成も課題だ。
 教養とは身につけるものだ。令和は、日常のすぐそばに古典文化がある時代であれ、と願う。

北朝鮮非核化へ連携確認=貿易交渉、加速で一致-日米首脳(時事N)


【ワシントン時事】安倍晋三首相は26日午後(日本時間27日朝)、ワシントンのホワイトハウスでトランプ大統領と会談した。両首脳は北朝鮮の非核化に向けた連携を確認。日米の新たな貿易協定交渉について交渉を加速する方針で一致した。トランプ氏は日本の農産物関税撤廃を求めるとともに、5月の妥結に意欲を示した。

北朝鮮の非核化に関し、ミサイルを含む完全で検証可能、不可逆的な廃棄が必要との方針を改めて確認。首相は2月の米朝首脳会談でトランプ氏が拉致問題を取り上げたことに謝意を伝達した。25日のロ朝首脳会談についても意見交換した。
 首相は会談後、記者団に「今後の米朝(交渉)プロセスを展望しながら、進め方について相当突っ込んだやりとりをした」と説明。日朝首脳会談実現について「大統領から全面的に協力すると力強い言葉があった」と紹介した。

即位の意味合い「スーパーボウルの100倍」 首相説明(朝日N)


 日米首脳会談を終えた26日夜(日本時間27日午前)、安倍晋三首相は昭恵夫人とともに米ホワイトハウスで、トランプ夫妻との非公式夕食会に出席。この日はメラニア夫人の49回目の誕生日で、昭恵夫人が知人に委託して育てたお茶と湯飲みセットを贈った。トランプ氏には安倍首相が真珠のカフスボタンを渡した。
トランプ氏は5月25~28日に来日する予定になっている。5月1日に皇太子さまが新天皇に即位後、初めて会見する「国賓」として日本政府が招待した。

 トランプ氏は今回の会談で、首相から招待された際のやりとりを披露。当初は「えー、行けるかどうか分からない」と決めかね、米プロフットボールNFLの王者を決める「スーパーボウル」を引き合いに、「その行事は日本人にとって、スーパーボウルと比べてどれくらい大きいものなんだ?」と尋ねた。
 首相は「だいたい100倍ぐらいだ」と答え、トランプ氏は「行く。そうだったら行く」と来日を決めたという。トランプ氏は改めて「とても異例なことだ。本当にすごい行事なんだ」と語った。

トランプ大統領 拉致問題 北朝鮮への働きかけ継続の考え(NHK)


アメリカのトランプ大統領は、安倍総理大臣との首脳会談で北朝鮮問題について意見を交わし、今後も北朝鮮への制裁を維持していくことを確認するとともに、拉致問題の解決に向けてキム・ジョンウン(金正恩)朝鮮労働党委員長に働きかけていく考えを示しました。

26日、ワシントンで行われた日米首脳会談の冒頭、トランプ大統領は、北朝鮮の問題について「日米で関係各国と緊密に連携して対応しており、情勢はよい方向へ向かっている」との認識を示しました。
このあと、会談に同席したアメリカのハガティ駐日大使は記者団に対し、「両首脳は、北朝鮮への対応で今後も連携していくことを再確認するとともに、制裁を継続していくことで一致した」と明らかにし、北朝鮮のキム・ジョンウン朝鮮労働党委員長がロシアを初めて訪問し、アメリカをけん制する中でも、制裁を維持していく方針を確認しました。
そのうえで、ハガティ大使は、北朝鮮による拉致問題について「日本側の悲願」だという認識を示し、トランプ大統領が今後もキム委員長に対して日本の立場を伝え、解決に向けて働きかけていく方針を明らかにしました。
また、ハガティ大使によりますと、両首脳は、イランについて、全面的な禁輸を行って行動を変えさせるべきだという考えを確認したほか、中国に関しては、市場経済に反する行動を改めるとともに、東シナ海での軍事的な行動をやめるべきだという認識で一致したとしています。

御代替わりにあたり 安倍内閣が仕残した3つの課題 東京大学名誉教授・小堀桂一郎(産経:正論)


 新元号が予想を超える好評を以て国民に迎へられ、新帝陛下の御治世を祝福してゐる観があるのは慶ばしい限りである。御在位中の御代替りといふ難しい事態を適切に処理しつつある安倍晋三首相の采配ぶりに先づは拍手を送るのに吝(やぶさ)かではない。それだけに、ここでこの内閣が平成時代に仕遂げておくべきであつたのに未成のままに残してしまつた課題の中から筆者の念裡に蟠(わだかま)る3項を選んで、その意味を考へてみる。

 ≪主権回復記念日の意義忘れず≫
 第一に、安倍内閣は平成25年4月28日に「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」を政府主催の形で挙行し、会場には天皇・皇后両陛下の御臨席を仰ぎ、聖寿万歳を奉唱してこの記念日の意義についての確たる認識を示してゐる。
 此(こ)の盛儀は平成9年以来連年この日付で記念の国民集会を開催し、国家主権の尊厳を意識せよと訴へ続けて来た民間有志の組織にとつては勿論(もちろん)、主権回復記念日を国民の祝日に法制化する事を目指して平成23年に結成された国会議員連盟の諸氏にも、その目標に向けての力強い督励になると思はれた。
 所が、記念式典の政府主催といふ力入れはその年限りで終り、後が続かなかつた。上記の議員連盟も以後その目標を口にしなくなつた。何が政治家達の熱意をかくも冷却させてしまつたのだらうか。
 祝日法の改正はたしかに政府の公約ではなかつたが、その気になればできるはずの事を、何故(なぜ)内閣は放擲(ほうてき)してしまつたのだらう。
 第二はより重要な話である。安倍首相は3月20日、参議院の財政金融委員会で国民民主党の大塚耕平議員から皇位の安定的継承に関はる質問を受けた。質問の要点は昭和22年10月に米軍の占領政策によつて11宮家の皇族諸氏が皇籍離脱を余儀なくされ、民間人となつてをられる、この処置をそのままに放置しておいて、それで首相の政見の眼目となつてゐる〈戦後政治の総決算〉ができると考へるか、といふものだつた。

 ≪皇室の藩屏の再建を図れ≫
 此は簡潔に安倍内閣の姿勢の根幹にふれる質問だつた。同議員は更に、一部の民間の議論を念頭に置いてであらう、皇族といふ氏族集団の復活が皇位の安定的継承のための急務であるとの脈絡で、具体的に東久邇家の名を挙げ、曽(かつ)ての盛厚(もりひろ)王と成子(しげこ)内親王の後裔(こうえい)の御存在を把握してゐるか、との質問を呈した。偶々(たまたま)この20日は東久邇家の御当主信彦氏が死去された当日だつた。昭和20年3月10日の東京大空襲の日に誕生された方で74歳になられたばかり、この日の議会での言及が妙な因縁を感じさせるが、その御子息も弟様方も、確かに御健在である。
 議員の質問が、皇位継承の安定化の選択肢の一つとして、占領軍により皇籍を離脱せしめられた旧宮家の方の一部の皇籍復帰といふ〈法的な工夫〉を通じて皇室の藩屏(はんぺい)の再建を図れ、との主旨である事は明らかである。
 所がこの議員質問に対する安倍首相の答弁は、〈これはもう70年前の出来事であり〉、首相自身は〈そのGHQの決定を覆すということは全く考えてはいない〉といふものであつた。
 これでは首相が政権の座に就いて以来一貫して唱へてゐた所の戦後占領体制の克服といふ抱負を、平成時代終焉(しゅうえん)の直前に至つて取り下げてしまつたに等しい。首相の支持層の間に拡がつた幻滅と失望の情は甚しいものだつた。
 簡単に結論を言へば、皇族といふ氏族集団の再建は、平成時代に少くともその基礎工事に着手する事が法的に可能だつた。安倍首相ならばその第一歩を踏み出す決断が出来ようと期待されてゐた。然(しか)し氏は無慙(むざん)にその期待に背いた。

 ≪靖国御親拝を実現するため≫
 第三が靖国神社への天皇の御親拝の実現である。この問題は専ら現憲法が含んでゐると思はれてゐる政教分離のドグマを如何様(いかよう)に抑止的に運用すればよいかといふ問に還元する事が出来る。
 現憲法下でも昭和50年11月までは陛下の御親拝は問題なく行はれてゐた。この年以後靖国への行幸が不可能になつたのは、所謂解釈改憲によつて御親拝が違憲とされたからではない。以後の政権担当側が国の内外にある靖国神社敵視勢力を抑へられず、政治的敗北を続けてゐるからにすぎない。
 唯それだけの理由で平成時代の30年間、天皇陛下は靖国神社への行幸が叶はず、専ら勅使の御差遣と奉幣のみを通じて、明治天皇による御創建以来の皇室による護国の英霊への尊崇と表敬は辛うじてその義理を果す形を取つてゐた。
 明治以降四代の天皇の中で今上陛下のみが御在位中の靖国御親拝を果せなかつた方として後世に記憶されるとすれば甚だ畏れ多い事である。現首相は自分自身の靖国参拝を励行する事を通じて政教分離の偏向箇条を克服し、陛下の御親拝への途を敢然と開くべきであつたのに、遂にそれを果せずに終つた。(こぼり けいいちろう)

【主張】国民と自由の合併 理念と政策を軽んじるな(産経N)


有権者不在の数合わせと批判されても仕方あるまい。
 国民民主党の玉木雄一郎代表と自由党の小沢一郎代表が26日、合併の合意書に署名した。
 国民民主党が解散する自由党を吸収合併し、党名は国民民主党のままで基本政策も引き継ぐ。国民から見れば自由党の丸呑(の)みである。
 合併すれば衆院40人、参院24人の計64人で、79人の立憲民主党に次ぐ野党第二党となる。
 夏の参院選に向け、野党共闘の加速を狙ったのだろう。合意書では安倍晋三政権との対立軸を明確に示すとしており、政界に緊張感を高める効果は少なくない。
 だが、参院選対策の単なる数合わせだとしたら、これほど有権者を愚弄したものはない。どんな政策を最優先に実現していくのかを具体的に示さねば、国民の信頼を得ることは容易ではなかろう。
 もちろん、参院選での野党共闘に向けすべての政策を一致させるのは困難だ。小異を捨てて大同につく発想も必要かもしれない。
 だとしても、今回の合併合意は理念と政策の一致による合併にはほど遠く、大型連休前にバタバタと合併ありきで合意した印象は拭えない。実績のない野党に、理念や政策を説かれても、多くの国民はピンとこないのではないか。

 合意書は、理念・基本政策の一致を前提に野党勢力の結集を呼びかけている。だが、合流後の国民民主と他党との理念・基本政策の一致を探る前に、国民民主と自由の両党すら理念・基本政策で一致しているとは言い難い。
 例えば原発政策で、電力総連の支援を受ける国民民主は安全基準を満たした原発に限り、再稼働を認めている。自由はそもそも再稼働に反対だ。10月の消費税率10%引き上げをめぐっても、国民民主は軽減税率導入に批判を向け、自由党は増税そのものに反対だ。
 国民民主結党の経緯を振り返れば、民進党による希望の党への丸ごと合流が失敗し、野党第一党の分裂劇を招いた結果の誕生だ。安全保障政策などの違いが踏み絵となった。その轍(てつ)を踏まないためにも、野党間で具体的な政策のすり合わせは欠かせない。
 資金力のある国民民主に選挙戦略に通じた小沢氏が加わった。立憲民主と主導権争いが激しくなる可能性があるが、数合わせだけでは有権者の理解は得られまい。

「朝鮮半島安全は米次第」 正恩氏、ロ朝会談でけん制(東京新聞)


【ウラジオストク=中村彰宏】北朝鮮国営の朝鮮中央通信は二十六日、金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長とロシアのプーチン大統領が二十五日に行った首脳会談の結果を伝えた。正恩氏は非核化交渉を巡り、「朝鮮半島の平和と安全は米国の態度にかかっている」と米国をけん制した。今後の米国の対応について「われわれは全ての状況に備える」と述べ、米国の譲歩を迫る方針を示した。
 正恩氏は、二月末にベトナムで開いた米朝首脳会談について「米国が一方的で非善意的な態度を取り、朝鮮半島情勢は膠着(こうちゃく)状態に陥り、原点に戻りかねない危険な状況に至った」と強調。段階的非核化を認めない米国の対応を改めて非難した。

 また、同通信は、正恩氏がプーチン氏に適切な時期の訪朝を求め、プーチン氏も快諾したと伝えた。正恩氏はプーチン氏との会談で、相互の理解と連携を密接にし、地域の平和と安全保障のための戦略的な共働を強化することで一致したという。
 正恩氏は二十六日午前、滞在先のウラジオストクで、第二次世界大戦の戦没者を慰霊する記念碑を訪れ、献花した。訪問は当初予定から約二時間遅れたが、理由は不明。
 タス通信などによると、正恩氏は、午前中の視察日程を一部キャンセルした。その後、ウラジオストク政府当局者との昼食会を行った。
 正恩氏は同日午後三時にも現地から北朝鮮に帰国する見通し。

平成の経済 危機の教訓を新時代に生かせ (読売:社説)


◆好循環へ攻めの投資が大切だ◆
 平成の30年、日本経済は幾度もの危機を乗り切り、緩やかな景気回復で終わろうとしている。
 とはいえ、デフレが長引き、経済の血液である資金の流れは滞ったままだ。
 新たに迎える令和の時代、平成の教訓を踏まえながら、本格的な成長軌道への道を探りたい。

 ◆先送りが傷口を広げた
 平成元年(1989年)の年末、日経平均株価は史上最高値の3万8915円をつけた。地価も高騰し、日本の土地資産総額は現在の2倍の2450兆円に達した。
 このバブルも、あっけなく崩壊する。日本銀行が公定歩合を引き上げ、大蔵省が不動産融資の総量規制に乗り出すと、地価や株価が下落し、不況へと陥った。
 行き過ぎたバブルは放置できないが、軟着陸の道を探れなかったのか、との悔いも残る。
 バブル崩壊は資産価格下落による不良債権問題を招く。92年、当時の宮沢喜一首相は公的資金で危機に備えるべきだと指摘した。
 しかし、護送船団方式で守られてきた金融界では「景気が回復すれば解決する」との楽観論が幅をきかせた。「銀行救済に血税を使うのか」との世論に押され、抜本処理は遅れた。
 世論への迎合は、時として冷静な政策判断をゆがめてしまう。今後の戒めとなろう。
 97~98年の金融危機で、不良債権のマグマは遂ついに噴き出した。山一証券や日本長期信用銀行などの金融機関が相次いで経営破綻した。銀行の「貸し渋り」が広がり、モノやサービスの価格が下がるデフレへとつながっていく。
 問題の先送りが傷口を広げたことは明白だ。素早い対処の大切さを肝に銘じるべきである。
 次の危機は2008年のリーマン・ショックだ。当初、政府・日銀は米国の危機と受け止めた。
 しかし、輸出の急減に見舞われるとトヨタ自動車や日立製作所が巨額の赤字を計上した。製造業の「派遣切り」も社会問題化した。ここでも、手をこまぬいていた政府や日銀の対応は反省材料だ。
 政府と日銀は、ようやく緊密に連携を取り始めた。首相官邸を中心とした経済政策の司令体制も整った。今後、危機が発生した際、その真価が問われよう。

 ◆染みついたデフレ心理
 企業も時代の変化にうまく対応できなかった。中でも、電機メーカーの退潮が目立つ。
 急激な円高の中、半導体から家電まで抱え、自社で開発・生産する体制にこだわり続けた。事業の「選択と集中」が進まず、韓国や中国の企業とのコスト競争で敗れた。デジタル分野で活力を取り戻すための変革が求められよう。
 企業の疲弊は雇用にも影響を及ぼした。調整弁とするために非正規雇用を急増させた。「働き方改革」を通じた非正規雇用の処遇改善は、企業の責務である。
 平成の間には、景気回復の動きもあった。02年2月~08年2月の「いざなみ景気」は、戦後最長だ。12年12月から始まった現在の回復期間も、これに迫る。
 成長率が低く、実感なき「ぬるま湯経済」とも呼ばれるが、企業業績が好転したほか、有効求人倍率がバブル期を上回るなど雇用状況は大きく改善した。
 安倍政権の経済政策「アベノミクス」の成果だろう。異次元の金融緩和や機動的な財政政策で、円安や株高が進んだ。
 ただ、染みついたデフレ心理は消えず、企業は「守り」に徹した。多額の負債を抱えたままでは「倒産予備軍」と見なされるとして、借金返済を優先した。業績が回復すると手元資金を積み上げた。
 家計にとっても、デフレの下では現預金の価値が上がっていくため、投資や消費に回すよりも手元に残した方が有利になる。

 ◆眠れる資金を動かそう
 企業が蓄えた内部留保は、平成の間に約4倍になり、個人の現預金も2倍以上に膨らんだ。この滞留資金を動かすことが、平成にやり残した最大の課題である。
 消費と投資拡大による好循環をどう実現するか。眠れる巨額の資金を動かすためには、官民の力を結集する必要がある。
 ロボットやAI(人工知能)などによる「第4次産業革命」が有望分野となろう。企業が「攻め」の投資を積極化し、民間主導の技術革新を目指したい。人手不足対応の省力化投資も欠かせない。
 成長産業に資金が流れるよう、規制緩和など政府の支援も要る。個人のお金を動かすには、将来不安を和らげることが重要だ。政府は社会保障制度の安定化と財政再建に取り組まねばならない。

岩屋防衛相 自衛隊のサイバー攻撃対処方針 米基準を参考に(NHK)


外国からのサイバー攻撃に対する防衛出動について、岩屋防衛大臣は、原子力発電所のメルトダウンや航空機の墜落につながりかねないサイバー攻撃を武力攻撃にあたると例示したアメリカの基準を参考に、自衛隊としての対処方針を検討する考えを示しました。

先週、ワシントンで開かれた日米の外務・防衛の閣僚協議では、中国やロシア、北朝鮮が、サイバー空間でも軍事力を強化していることを背景に、日本がサイバー攻撃を受けた場合に武力攻撃とみなしてアメリカと共同で対処する方針を初めて確認しました。
これに関連し、岩屋防衛大臣は、閣議のあとの記者会見で「物理的手段による攻撃と同様の極めて深刻な被害が発生し、組織的・計画的な場合は武力攻撃にあたりうる」と述べたうえで、サイバーによる反撃だけで防衛できない場合、自衛隊の防衛出動もありうるという認識を改めて示しました。
そのうえで「アメリカは、原発のメルトダウンを引き起こすサイバー攻撃や、人口密集地域の上のダムを決壊させるサイバー攻撃、航空管制システムの不具合をもたらして航空機の墜落につながりかねないサイバー攻撃などを武力攻撃にあたりうる例としている」と述べたうえで、アメリカの基準を参考に自衛隊の対処方針を検討する考えを示しました。

御代替わりにあたり 日米関係の成熟を令和の時代へ 双日総合研究所チーフエコノミスト・吉崎達彦(産経:正論)


≪意思疎通の深まりを示す証左≫
 日米関係の歴史において画期的なことが始まろうとしている。
 まず間もなく、安倍晋三首相がワシントンを訪れ、日米首脳会談が行われる。20カ国・地域(G20)の議題や2国間の通商問題が話し合われよう。
 そして5月、トランプ大統領は国賓としてわが国を訪問し、新しい天皇陛下と初めて会談する海外の首脳となる。大統領による大相撲観戦も検討されているという。6月には大阪でG20サミットが行われる。トランプ大統領は再び訪日し、その際には米中首脳会談が世界の注目を集めることだろう。
 この間、何と3カ月連続で日米首脳会談が行われることになる。そもそも米大統領が2カ月連続で同じ国を訪問するのは異例だ。これほどまでに日米関係が緊密であったことがあっただろうか。
 もちろん両国関係が平穏なわけではない。日米通商協議では貿易不均衡や自動車、農産物などが課題となっている。中国の影響力拡大にどう対応するか、特に次世代の通信規格「5G」などの技術開発にいかに取り組むか、はたまた北朝鮮の核やミサイルの脅威をどう取り除くかなど、緊急に意見をすり合わせるべき議題も多い。
 他方、日本政府が使っていた「自由で開かれたインド太平洋」という言葉が、今では米国の外交戦略として定着していることは、日米の意思疎通がいかに深まっているかの証左であろう。

 ≪「戦略を語れる相手」に近づいた≫
 これを平成初期と比べればその差は歴然としている。当時、海部俊樹首相とジョージ・ブッシュ(父)大統領はやはり良好な関係だといわれたものだ。ただし当時の日米関係は、背筋が寒くなるようなことばかりであった。
 平成2年夏に起きた湾岸危機では、日本の対応は「ツーリトル、ツーレイト」と非難され、130億ドルもの財政支援をしたものの、ほとんど感謝されなかった。そこで日本も国際貢献を、との声が高まったが、カンボジアの国連平和維持活動(PKO)に自衛隊を派遣するだけでも難問続出であった。
 経済面では日本の巨額な貿易黒字が焦点となり、系列取引など独特の企業慣行が問題視された。あの頃の「日本異質論」は、ちょうど今の対中国批判に通じるところがある。日本に対して内需拡大や規制緩和を求めた日米構造協議は、今から思えば内政干渉に近い強引な手法であった。
 しかし平成の30年と4カ月はいろんな意味で日本を変えた。安全保障面ではポスト冷戦時代への備えとして、周辺事態法など有事法制の整備が進んだ。
 イラク戦争では「ショー・ザ・フラッグ」ということで、自衛隊の海外派遣も行われた。1人の犠牲もなく撤収できたときにはホッとしたものである。
 さらに特定秘密保護法、集団的自衛権といった問題をクリアしたことにより、日本は米国から見て「共に戦略を語れる相手」に一歩近づいた。これだけの変化が現行憲法の枠内で進んだことは、大いに評価してよいのではないか。

 ≪和解を達成し戦争にけじめ≫
 経済面も同様である。平成当初のバブル経済は崩壊し、日本経済は世界にとっての「脅威」でなくなった。それだけではなく今日のグローバル経済において、日本が「異質」だとみられることはほとんどなくなった。もちろん長期雇用慣行など「日本型資本主義」の特色は残っている。それでも一企業に取締役が数十人もいるとか、系列企業から部品を他所より高く買うといった「昭和の経営」を続けていれば、海外より先に株主から文句を言われることだろう。
 思えば平成初期の日本経済では、持ち株会社もなければ自社株買いもできなかった。平成の日本経済では細かな制度改革がいくつも同時進行し、30年の月日は日本企業の行動様式を大きく変えた。
 平成の日米関係史を振り返る際に、特筆せねばならないのはプロ野球が果たした役割である。先月、われわれはイチロー外野手の現役最後の試合に感動した。長きにわたる彼の活躍は、日米双方で多くのファンを獲得してきた。
 しかし日本人選手による本格的なメジャーリーグ挑戦は、平成7年の野茂英雄投手をもって嚆矢(こうし)とする。それが今日では、かつて仰(あお)ぎ見る存在であったメジャーが、日本の若い球児たちのリアルな目標となっている。
 平成には、日米の和解のセレモニーが行われたことも忘れてはならない。安倍首相による米議会上下両院合同会議での「戦後70年」演説、オバマ大統領の広島訪問と献花は心に残る。戦争にけじめを、と日米の相互献花外交を説いたジャーナリスト、松尾文夫氏は2月にこの世を去ったが、「平成のうちに間に合ってよかった」と思っているのではないだろうか。
 間もなく令和の時代が始まる。平成の日米関係を、いかに引き継いでいくか。きっと新たな課題が待ち受けていることだろう。(双日総合研究所チーフエコノミスト・吉崎達彦 よしざき・たつひこ)

主張】原発の対テロ施設 安全性向上へ完成を急げ(産経N)


原発のテロ対策施設をめぐり原子力規制委員会が完成期限の再延長は認めない考えを示した。
 九州電力や関西電力などは、期限に間に合わないとの見通しを表明している。規制委は施設が完成しなければ原発の運転停止を命じるとの厳しい姿勢を打ち出した。
 電力各社は原発の安全性を高めるため、対テロ施設の完成を急がねばならない。各社がそろって期限に間に合わないという事態には驚くしかない。
 規制委が電力会社の見通しの甘さを批判するのは当然としても、規制委自身が電力会社との意思疎通を欠いていたことは否めない。当初は個別の事情を聴いて判断する姿勢をみせていたはずだ。新規制基準の合理性を含めて検証すべきである。
 原発は資源小国の日本にとって重要な電源である。今後もその活用を促すためにも安全性向上の取り組みを続ける必要がある。
 テロ対策施設は、平成23年の東京電力福島第1原発事故を受けて策定された新規制基準で設置が義務づけられた。原子炉建屋の工事認可後、5年以内に設置するように定められ、九電の川内原発1号機は来年3月に期限を迎える。
 だが九電や関電、四国電力の施設工事が遅れており、期限より1~3年遅れる見通しだという。

 すでにこの期限は1回延長されており、規制委の更田豊志委員長は再延長は認めず、期限内に完成しなければ、原発の運転を100%認めないと述べた。
 対象は、航空機衝突などのテロ攻撃で原子炉を冷却できなくなった際に遠隔操作で非常用電源や注水ポンプなどを作動させるために必要な施設だ。各社にとって早期完成は急務である。
 ただ、電力各社が対策施設の建設を申請してから認可を得るまでには数年を要している。規制委との協議で工事内容が大きく変更された事例も多い。一律で期限を区切るのではなく、こうした事情も考慮して完成時期を決めることが現実的である。
 規制委の安全審査が停滞し、国内で再稼働した原発は9基にすぎない。さらに運転停止に追い込まれる原発が増えれば電気料金の値上がりや、地域経済への打撃も招く。温室効果ガスの排出抑制も難しくなる。原発のテロ対策や規制委のあり方について、政府や国会も本腰を入れて検討すべきだ。

露朝首脳会談 非核化へ制裁の抜け穴作るな (読売:社説)

米国との核協議を有利に進めたい北朝鮮が、ロシアの取り込みに動いたと言えよう。国際社会は北朝鮮が完全な非核化に踏み出すまで、経済制裁の圧力を維持すべきだ。
 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が、ロシア極東ウラジオストクを訪問し、プーチン露大統領と初めての首脳会談を行った。
 両首脳は、伝統的な友好関係の強化をアピールした。北朝鮮の核問題や対米関係についても、意見交換したという。
 警戒すべきは、米国と北朝鮮による非核化のプロセスを複雑化させる動きが出てきたことだ。
 プーチン氏は会談後の記者会見で、北朝鮮が非核化に伴う体制の安全の保証を求めていると明らかにした。北朝鮮の核問題を巡る6か国協議に言及し、将来の再開もありうるとの考えを示した。

 今回の会談内容は、米国や中国にも伝えるという。核問題でロシアの影響力を拡大させる思惑があるのは間違いない。
 日米中韓露と北朝鮮による6か国協議は2003年に始まり、05年9月に北朝鮮の非核化を明記した共同声明を採択した。北朝鮮は核計画の完全な申告に応じず、協議は08年に決裂している。
 中国やロシアが交渉に加わることで、合意形成は困難になる。米朝協議で非核化合意を目指すプロセスを揺るがしてはなるまい。
 北朝鮮が外交上の駆け引きを行うだけで、米国との実務者協議に応じていないのは問題だ。ポンペオ国務長官を協議から排除することすら求めている。トランプ米大統領との直接交渉で譲歩を引き出そうとする戦術は明白だ。

 金委員長は「米国は経済制裁に執着している」と非難する一方、トランプ氏との良好な関係の維持に腐心している。
 経済制裁の解除と経済発展を本当に実現したいのなら、完全な非核化しか道はないと悟るべきだ。核計画の全容を申告し、検証可能な核廃棄に向けた工程表を作成することが第一歩となる。
 北朝鮮が核爆弾や弾道ミサイルを温存したまま、ロシアや中国の支援を得て、制裁緩和を図る動きには注意が必要だ。
 国連安全保障理事会の制裁決議は、ロシア内の北朝鮮労働者を年内に全員送還することを求めている。約1万人の労働者は、北朝鮮の外貨獲得手段となっている。
 ロシアは、北朝鮮に対する制裁圧力の抜け穴にならないよう、決議を着実に履行し、労働者を帰国させねばならない。

北朝鮮船籍タンカー「YU SON(ユソン)号」と船籍不明の小型船舶による洋上での物資の積替えの疑い(防衛省)


1.平成31年3月20日(水)午前、北朝鮮船籍タンカー「YU SON(ユソン)号」(IMO 番号:8691702)と「秦皇島」との表示がある船籍不明の小型船舶(注)が東シナ海の公海上(上海の南約410 ㎞の沖合)で接舷(横付け)していることを海上自衛隊第15護衛隊所属の護衛艦「おおよど」(大湊)が確認しました。また、同日深夜にも、同一のタンカー「YU SON(ユソン)号」と午前とは異なるものと思われる船籍不明の小型船舶が東シナ海の公海上(上海の南約410km の沖合)で接舷(横付け)していることを海上自衛隊第1海上補給隊所属の補給艦「ときわ」(横須賀)が確認しました。
注:「秦皇島」(シンコウトウ)は、中国・河北省秦皇島市を意味するものと解されます。
2.これらの船舶は、いずれも接舷(横付け)した上で蛇管(ホース)を接続していたことから、何らかの作業に従事していた可能性があり、政府として総合的に判断した結果、国連安保理決議で禁止されている「瀬取り」(注)を実施していたことが強く疑われます。
 なお、北朝鮮船籍タンカー「YU SON(ユソン)号」は、平成30年3月に国連安保理北朝鮮制裁委員会から資産凍結・入港禁止の対象に指定された船舶です。
注:北朝鮮船籍の船舶に対する、又は、北朝鮮船籍の船舶からの洋上での船舶間の物資の積替え
3.本件事案についての政府の対応については、「我が国における国連安保理決議の実効性の確保のための取組」をご確認ください。

“外国からのサイバー攻撃に防衛出動も” 防衛相(NHKニュース)


日本が外国から極めて深刻なサイバー攻撃を受けた場合の対応について、岩屋防衛大臣は「必要な武力行使として、物理的な手段が排除されてはいない」と述べ、自衛隊の防衛出動もありうるという認識を示しました。

先週、ワシントンで開かれた日米の外務・防衛の閣僚協議では中国やロシア、北朝鮮がサイバー空間でも軍事力を強化していることを背景に、日本がサイバー攻撃を受けた場合に武力攻撃とみなして、アメリカと共同で対処する方針を初めて確認しました。
これに関連し、岩屋防衛大臣は参議院外交防衛委員会で「サイバー攻撃であっても、物理的手段による攻撃と同様の極めて深刻な被害が発生し、組織的・計画的に行われていると判断される場合、武力攻撃にあたりうる」と述べました。
そのうえで「国民の命と平和な暮らしを守り抜くため、その攻撃を排除するのに必要な措置をとるのは当然だ。武力行使として物理的な手段を講ずることが排除されているわけではない」と述べ、自衛隊の防衛出動もありうるという認識を示しました。

【主張】平成の事件 オウムの反省を忘れるな 安全を守る決意で法整備を(産経N)


平成時代の事件で特異なものは、やはりオウム真理教の一連の事件だろう。
 7年3月20日、朝の通勤時間帯の都心で、オウム真理教の信者らが官庁街の霞ケ関駅を通る地下鉄3路線に猛毒のサリンを散布し、13人が死亡、約6300人が負傷した。前年の6月には長野県松本市でサリンが散布され、8人が死亡した。世界で初の化学兵器を使用した凶悪な無差別大量殺人テロである。
 元年11月には、教団の活動を批判していた坂本堤弁護士ら家族3人が横浜市の自宅で殺害された。事件当初からオウムの犯行が疑われたが摘発に至らず、彼らは数々の事件を経て、地下鉄サリン事件を起こした。教団に捜査のメスを入れる機会は何度もあったのに、これを逃し続けた結果である。
 死刑判決が確定した元教祖の麻原彰晃死刑囚=本名・松本智津夫=ら13人の死刑がすでに執行された。だが、これで事件が終わったわけではない。
 確定判決は一連の事件の動機を麻原元死刑囚が「救済の名の下に日本国を支配して自らその王となることを空想。その妨げになる者をポア(殺害)しようとした」と認定した。
 国家転覆を図った残虐な集団の後継団体が今も存続し、麻原元死刑囚への帰依を鮮明にしているとされる。これを許容する国のありようは異常である。

 教団の解散を目指した破壊活動防止法の適用は、識者からなる公安審査委員会が請求を棄却した。11年に新設した団体規制法は解散命令を出すことさえできない。
 日本は依然、テロ集団に弱い国である。
 国際社会でも、米中枢同時テロや過激組織「イスラム国(IS)」による無差別テロが頻発した。テロとの対峙(たいじ)には国際社会との連携が不可欠だが、国連が採択した国際組織犯罪防止条約の批准を目指した共謀罪法案は3度も廃案とされた。
 名を変え、内容を厳格化したテロ等準備罪の新設で、ようやく29年7月に条約締結を果たした。世界で188番目の、遅すぎた締結である。国内法の不備が日本をテロに弱い国に押しとどめていたのである。

 ≪身近な犯罪の深刻化も≫
 法整備が実社会の課題に追いつかないのは、身近な犯罪でも同様である。
 児童虐待や家庭内暴力、いじめ、ストーカーなど、かつては民事不介入を理由に警察が扱う事案ではないとされた。だが、罪のないいくつもの命が失われる深刻な事態を受け、これらを明確に事件化する新法の創設や法改正が相次いだ。それでも不備は解消されていない。

 ストーカー規制法を例にあげれば、同法は「桶川ストーカー殺人事件」をきっかけに成立した。だが電子メールの普及を想定していなかったため、メールによるつきまとい行為に警察が対応できず、「逗子ストーカー殺人」を防げなかった。
 法改正で条文に「電子メール」が加えられたが、ツイッターやSNSの明記はなく、さらなる悲惨な事件を招いた。
 被害者を助けるための条文が捜査の足かせとなった典型的な悪例である。
 同様に、「児童虐待防止法」や「いじめ防止対策推進法」なども深刻な事件が起きる度に改正を繰り返しているが、泥縄の印象は拭えない。犠牲者が出なければ法改正ができない現状は立法府の不作為と映る。

 ≪飲酒運転の追放に学べ≫
 新法の創設や厳罰化が社会を変えた好例もある。
 危険運転致死傷罪は飲酒運転事故の被害者らによる署名運動を受けて13年に施行された。これ以降、飲酒運転による死亡事故や飲酒事故件数は、おおむね減少傾向にある。
 悲惨な事故に対する社会の怒りが新法による厳罰化を後押しした。同時に飲酒運転を許さない意識改革、環境づくりが社会全体で進められた。
 「飲んだら乗るな」は今や常識だが、平成の初期には「少しぐらい」の甘えがなかったか。社会は変えられる。法整備はその一助となる。
 法や刑罰の設定は国民や社会の安全を守る国の決意、意思表明であると認識してほしい。

スリランカテロ 卑劣な凶行の兆候を見逃すな (読売:社説)


無辜むこの人々を狙った卑劣で許し難い凶行だ。
 スリランカのコロンボなどで同時爆破テロが起き、日本人を含む多数の死傷者が出た。
 イースター(復活祭)でキリスト教徒が集う教会や、外国人客の多い高級ホテルが標的となった。8か所が爆破され、自爆攻撃も行われた。
 スリランカ当局は、国内のイスラム過激派組織が実行したとしてメンバーらを拘束した。ウィクラマシンハ首相は、過激派組織「イスラム国」の関与について「結びつきがあるのではないかと考えている」と述べた。
 「イスラム国」は、犯行声明や事件の実行犯とされる男らの動画を公開した。真偽は不明だが、テロの標的や大がかりな手口からみて、実行グループを何らかの形で支援したのではないか。
 米国は3月に「イスラム国」の支配領域を完全に奪還したと宣言したが、その過激思想はインターネットなどを通じて拡散が続く。貧困や差別などを抱えた社会に浸透する危険は残る。
 問題は、スリランカ当局がテロの兆候を見過ごした可能性があることだ。外国の情報機関からキリスト教会を狙った自爆テロ計画を伝えられたが、首相や閣僚らは報告を受けていなかったという。
 シリセナ大統領と首相の政治対立が背景にあるとされる。テロを未然に阻止するには、政府が一丸となって機敏に対処することが欠かせない。政府は対応が後手に回ったことを重く受け止め、再発防止策を講じる必要がある。
 事件の真相解明には、米国などの捜査機関との協力も大切だ。
 スリランカは1980年代から分離独立を求めるヒンズー教徒の過激派組織と、多数派の仏教徒が主導する政府が激しく対立した。過激派による爆弾テロが繰り返されたが、2009年に内戦が終結してからは治安は改善した。
 今回の事件を引き金に、異なる宗教や民族の間で緊張が再び高まることが懸念される。テロと報復の連鎖を許してはならない。
 スリランカには年間4万人の日本人が観光などで訪れている。外務省は不要不急の渡航を控えるよう呼びかけた。10連休中に海外旅行を計画している人は多い。訪問先の最新の治安情報を確認することを心がけたい。
 テロ対策では、国際的な情報共有が不可欠である。日本は、6月に大阪で開催する主要20か国・地域(G20)首脳会議などを通じて議論を主導すべきだ。

ロ朝首脳会談きょう初開催 対米で意見交換へ(NHK)


ロシア極東のウラジオストクを訪問している北朝鮮のキム・ジョンウン(金正恩)朝鮮労働党委員長は25日、プーチン大統領との初めての首脳会談に臨みます。朝鮮半島の非核化が主なテーマとなり、完全な非核化まで制裁を解除しないとするアメリカへの対応などについて意見が交わされるとみられます。

キム委員長は24日午後、専用列車でロシア極東のウラジオストクに到着し、駅前の広場で楽団による歓迎を受けたあと、黒塗りの専用車に乗り込んで滞在先に向かいました。
キム委員長は25日午後、プーチン大統領との初めての首脳会談に臨み、朝鮮半島の非核化を主なテーマに意見を交わす見通しです。
キム委員長は3回目の米朝首脳会談への意欲を示しながらも、完全な非核化まで制裁を解除しないとするアメリカの要求は一方的で応じられないと主張しています。
このため、制裁の緩和に理解を示しているプーチン大統領とアメリカへの対応などを話し合い、アメリカから譲歩を引き出すためにロシアの協力を取り付けたいものとみられます。
一方、プーチン大統領としては、制裁の緩和や経済協力を取り上げて北朝鮮を後押しする姿勢を示しながらキム委員長との関係を築き、朝鮮半島情勢をめぐるロシアの関与を強めたい思惑もありそうです。

旭日旗を容認、習指導部 対日関係の改善を意識(日経新聞)


【北京=羽田野主】習近平(シー・ジンピン)指導部は23日に山東省青島で開いた国際観艦式で、海上自衛隊の艦船が自衛艦旗の「旭日旗」を掲げた状態で入港するのを認めた。中国や韓国では旭日旗が「戦前の日本軍を想起させる」との批判がくすぶる。しかし米中対立のさなか、習指導部は旭日旗問題で波風を立てずに、日本との友好関係の改善を印象づけることを優先した格好だ。

山東省青島の国際観艦式に参加するため入港した海自護衛艦「すずつき」(21日)=ロイター
今回、観艦式に参加したのは海自の護衛艦「すずつき」。艦首に日本国旗、艦尾に旭日旗、艦橋の上部に中国国旗をそれぞれ掲げて21日に入港した。海自艦船の訪中は2011年12月以来、約7年半ぶりとなった。
旭日旗を巡っては昨年10月に韓国で開いた観艦式で、韓国側が「それぞれの国旗と韓国の国旗以外の掲揚は認められない」と通達し、旭日旗の掲揚を拒んだ。このため日本政府は海自の艦船の派遣を見送っていた。
中国内でも一部の識者は国際観艦式での旭日旗の掲揚に慎重論を唱えたが、習指導部は容認した。中国共産党の指導を受ける中国メディアも旭日旗の問題を前面に取り上げることはなかった。

観艦式に先立ち、習氏は61カ国の代表団らと面会した。記念撮影の際に日本代表の山村浩海上幕僚長は習氏と近い最前列に並んだ。中国共産党の機関紙、人民日報は集合写真を24日付の1面に掲載し、対日関係の改善を印象づけた。
習指導部は戦略的に日本と接近している。当面意識するのは6月に大阪で開くG20(20カ国・地域)首脳会議だ。習氏は国家主席として初めて来日して会議に出席する。旭日旗問題で波風を立てずに友好関係を醸成し、地ならしをしたいとの思惑がある。
通商問題などでトランプ米政権と対峙しており、日本を引き寄せておく意味も大きい。米中対立でこれまでのように対米輸出の増加が見込めるかは不透明になっている。世界第3位の経済大国の日本を有力な市場として押さえておく狙いだ。
4月中旬に北京で開いた閣僚級の日中ハイレベル経済対話では日中韓の自由貿易協定(FTA)の推進で一致した。13年に交渉を始めたが、ここにきて中国が交渉妥結に強い意欲を示しているという。
さらに日本と中国の主要な株価指数に連動する上場投資信託(ETF)が5月にも相互に上場する。日本株のETFが中国市場に上場するのは初めてだ。日本へ金融市場を開放し、経済面でのつながりも太くする狙いがある。

竹島とレーダー問題、日韓関係「非常に厳しい」(読売新聞)


河野外相は23日の閣議で、2019年版外交青書を報告した。青書は日韓関係について、韓国国会議員の竹島上陸や韓国海軍艦艇から自衛隊機に対する火器管制レーダー照射問題などを列挙し、「非常に厳しい状況に直面した」と指摘した。
日韓間の懸案である「慰安婦問題」のほか、韓国人元徴用工問題は「旧朝鮮半島出身労働者問題」とのタイトルで、それぞれ初めて特集コーナーを設けた。日本の立場が一読して分かる内容で、徴用工問題について「あらゆる選択肢を視野に入れ、日本政府として一貫した立場に基づき対応していく」と言及した。
 
北朝鮮については、昨年の青書では核・ミサイル問題解決のため「北朝鮮に対する圧力を最大限まで高めていく」としていたが、今年は削除された。拉致問題の解決に向け、北朝鮮の軟化を促す狙いとみられる。
ロシアとの関係では、「北方4島は日本に帰属する」との日本の法的立場に関する表現が消えた。領土交渉の進展を図る思惑とみられる。河野外相は23日の記者会見で、「状況を総合的に勘案して文言を入れている」と説明した。
日韓関係を巡り、外務省の金杉憲治アジア大洋州局長は23日、韓国外交省の金容吉(キムヨンギル)東北アジア局長と外務省で協議した。日本側は徴用工問題について、日韓請求権協定に基づく2国間協議の要請に回答するよう求めた。韓国側は「回答するかどうかも含めて検討中」と応じた。日本側は韓国による福島など8県産の水産物の輸入禁止措置の撤廃も改めて要求したが、金氏は「関係部局に伝える」と述べるにとどめた。

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